2014年7月16日水曜日
今あるところからはじめる
ずーっとくりかえしてきてるのに、何度でも、忘れちゃうこと。
それは、「今あるところからしかはじめられない」 ということ。
今あるところからしか始められないし、始まらないのに、
それをすっとばして先に行こうとする。
そういう癖が、無意識の行動 = 習慣になってしまっている。
アレクサンダーテクニークでは、そういうのを、
エンドゲイニング(End Gaining)なんて呼んでいて、
和訳すれば、結論を勝ち取ること、ですが、
ニュアンスとして、結果を急ぐという感じでしょうか。
End ①終わり、最後 ②端 ③境界 ④結末
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/ej3/27892/m0u/end/
Gain ①…を勝ち取る ②…を説得する ③…を増す
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/ej3/34643/m0u/
なんでも、今ここにある足もとのことを忘れて、目先に飛び込もうとする。
そういう風になってるとき、たいてい、
・ 首をすくめて
・ 肩は上がり
・ 呼吸は浅くなり
・ 筋肉を必要以上に収縮させて
・ 心身ともに、力み過ぎている
ということが起こっていたりします。
そして、それが、多くの場合、
混乱やうまくいかない結果を生み出してしまうのですね。
では、それを超えて、すっきりうまくいく!にするには、どうしたらいいのか。
それは、
「自分の足もと、手もとにあるものがどうなっているか」
「今、自分自身と周りにあるものがどうなってるか」
ということを、「思い出す = 気がつく 」 だけで
さっきとはまったくちがう結果が展開されていったりします。
ただ、「今」 の 「自分」 と 「ここ」 にあるものに
「意識を向けた」 だけ!
なのに。
もう、それは、するするする~~~っ と簡単に起こるので、
アレクサンダーテクニークのレッスンを受けている方は、面白いほどみな口を揃えて
「魔法みたい!!」、「今、何をしたんですか!?」
と言われます。
(わたしもよくそう言ってトレーニングしていました!)
でも、レッスンを教える側は、じつは特別なとこはなにもしていなくて、
していることは、ただ、
「不必要なことをやめて、自分を思い出すだけ。」
なのです。
おそらく、アレクサンダーの先生方は、みなこれをしています。
だから、ほんとうは、
「何をしたの!?」ではなくて、
「何をするのをやめたの!?」
なのですね。
明日は、このことを、もう少し掘り下げて書いてみたいと思います。
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2014年7月15日火曜日
学ぶこと
久しぶりのブログです。
今日は学ぶことと、そのプロセスについて書いてみようかと思います。
いろんな場面で、学びが内側から起こったとき、
それは、同時に、内側での崩壊が起こっているとき、でもあります。
アレクサンダーの恩師たちはよく、「学びには混乱がつきもの」
と言っていましたっけ。
それは、なぜか。
「学び = 新しいものに出会うこと」
であるからこそかもしれません。
アレクサンダーテクニークのレッスンでは、それが
「からだの中の感覚」でおこなわれます。
それは、今まで使っていた神経回路を経るのをやめて、
新しい、「まだ使ったことのない神経回路に踏み出す」からです。
だから、「なんか、へんな感じ!」というのがやってきます。
慣れていない感覚の「居心地の悪さ」から、
感覚的な評価が、誤作動してるように思うのですね。
だから、アレクサンダーテクニークで「へんな感じ!」に出会ったら、
「今は新しいことを学んでいる証拠!」
ということになります。
もしかしたら、日常でも「へんな感じ!」に思えるできごとに出会って混乱していたら、
何か新しいことを学んでいる最中かもしれませんね。
自分が今どんな状況にあるかがわかれば、もうそれは混乱ではなくなり、
「新しいことを学んでいるのだ」ということを学んだことになる。
うーん、かくも神経回路はフクザツなり??
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今日は学ぶことと、そのプロセスについて書いてみようかと思います。
いろんな場面で、学びが内側から起こったとき、
それは、同時に、内側での崩壊が起こっているとき、でもあります。
アレクサンダーの恩師たちはよく、「学びには混乱がつきもの」
と言っていましたっけ。
それは、なぜか。
「学び = 新しいものに出会うこと」
であるからこそかもしれません。
アレクサンダーテクニークのレッスンでは、それが
「からだの中の感覚」でおこなわれます。
それは、今まで使っていた神経回路を経るのをやめて、
新しい、「まだ使ったことのない神経回路に踏み出す」からです。
だから、「なんか、へんな感じ!」というのがやってきます。
慣れていない感覚の「居心地の悪さ」から、
感覚的な評価が、誤作動してるように思うのですね。
だから、アレクサンダーテクニークで「へんな感じ!」に出会ったら、
「今は新しいことを学んでいる証拠!」
ということになります。
もしかしたら、日常でも「へんな感じ!」に思えるできごとに出会って混乱していたら、
何か新しいことを学んでいる最中かもしれませんね。
自分が今どんな状況にあるかがわかれば、もうそれは混乱ではなくなり、
「新しいことを学んでいるのだ」ということを学んだことになる。
うーん、かくも神経回路はフクザツなり??
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2014年5月20日火曜日
さくらスタジオ壁塗り中
5月中旬、さくらスタジオをオープン予定。
と、自分のサイトのトップページに書いてありますが、
只今、見切り発車でレッスン開始しています。
というのも、スタジオになる部屋(和室)を、まだDIYで壁塗りしていて、別の部屋でレッスンしているから。。
ふた部屋塗っていて、ひと部屋はおわり、現在スタジオスペースを塗っていて、アレクサンダー同僚のHさんとKさん夫妻も下地塗りお手伝いに来てくれたのに、これがなかなか終わらないのは、なぜ~??
(Hさん、Kさん、その節は本当にありがとうございました。。)
ちなみに、塗っているのはローラー塗りできる、お手軽漆喰のカルクリーム。
工程は、ローラーでミネラル下地を塗って、漆喰だけ二度塗り。
もともと、土壁だったところに直接乗せています。
(こちらの写真は、ミネラル下地が塗り終わった上に、カルクリームを一度塗りしたところ。)
(こちらの写真は、カルクリーム一度塗りが全体におわったところ。)
二度塗りするには、一度目の塗りの乾かぬうちの重ね塗りだと、下地塗りしていても、地の土壁の土の色がうっすらういてきて、黄色みがでてきました。
黄色っぽいのも温かみがあって良い感じなのですが、乾いてしまったところと、乾いていないところと、いっぺんに塗ると、色ムラができてしまいました。
それなので、真っ白にしたい場合は、一度塗りをしてしっかり乾いてから、二度目の塗りをすると真っ白になります。
地の色味を活かしたい場合は、乾かぬうちにその面を塗り切っていく、というのがよさそうです。
あとは、養生のテープ類を、湿り気のあるうちにはがさないと、端がはがれてきてしまう。。
これが育児の合間の塗りだと、タイミング難しくて、ひとつめの部屋は失敗だらけでした。
塗り終わると、空気が澄んで、とてもよい感じになるので、仕上がり楽しみです。
さて、いつ塗りおわるのか?
今月中には!楽しんで仕上げていきたいと思います。
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と、自分のサイトのトップページに書いてありますが、
只今、見切り発車でレッスン開始しています。
というのも、スタジオになる部屋(和室)を、まだDIYで壁塗りしていて、別の部屋でレッスンしているから。。ふた部屋塗っていて、ひと部屋はおわり、現在スタジオスペースを塗っていて、アレクサンダー同僚のHさんとKさん夫妻も下地塗りお手伝いに来てくれたのに、これがなかなか終わらないのは、なぜ~??
(Hさん、Kさん、その節は本当にありがとうございました。。)
ちなみに、塗っているのはローラー塗りできる、お手軽漆喰のカルクリーム。
工程は、ローラーでミネラル下地を塗って、漆喰だけ二度塗り。
もともと、土壁だったところに直接乗せています。
(こちらの写真は、ミネラル下地が塗り終わった上に、カルクリームを一度塗りしたところ。)
(こちらの写真は、カルクリーム一度塗りが全体におわったところ。)
二度塗りするには、一度目の塗りの乾かぬうちの重ね塗りだと、下地塗りしていても、地の土壁の土の色がうっすらういてきて、黄色みがでてきました。
黄色っぽいのも温かみがあって良い感じなのですが、乾いてしまったところと、乾いていないところと、いっぺんに塗ると、色ムラができてしまいました。
それなので、真っ白にしたい場合は、一度塗りをしてしっかり乾いてから、二度目の塗りをすると真っ白になります。
地の色味を活かしたい場合は、乾かぬうちにその面を塗り切っていく、というのがよさそうです。
あとは、養生のテープ類を、湿り気のあるうちにはがさないと、端がはがれてきてしまう。。
これが育児の合間の塗りだと、タイミング難しくて、ひとつめの部屋は失敗だらけでした。
塗り終わると、空気が澄んで、とてもよい感じになるので、仕上がり楽しみです。
さて、いつ塗りおわるのか?
今月中には!楽しんで仕上げていきたいと思います。
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2014年4月25日金曜日
久しぶりのブログ再開
かなり久しぶりのブログ更新です。
出産直前から育児もあわせて、二年半ほどあいてしまったでしょうか。。
ホームページをようやっと更新したのに合わせて、ブログも。
久々すぎて、何を書いたらよいのやら、すっかりわからなくなってしまったところからのスタートです。
どうぞよろしくおねがいたします。
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2011年12月20日火曜日
すなおになること
ひきつづき、自分の解体整理中です。
妊娠期というのは、過去の記憶や感情と向き合い整理する時期
とはよく言ったものだなぁと、またまた思うのですが。。
これまでも、何年もかけてやってきた作業を
さらに丁寧に、やさしくそっと、でも深くまでやっているような感覚。
じぶんにすなおになること。
じぶんの心(潜在意識)に耳を傾けること。
それをじぶんの身体を通してうけとること。
ただそれを繰り返しながら、シンプルになること
透明になっていくことを練習しているような気がします。
つい、何かがあると反応して、色んな状態がやってくるのだけれど
それも含めて、そこから何を受け取ることができるのかな?
と興味をもちながら、シンプルに居ることを選択しつづけることが
意識の洗濯でもあるのかな、とも思ったりしています。
意識のこと、感情や心のことをするにしても
やっぱり身体があってはじめてホッとできるものでもあり
どちらも無視することはできない大切な存在です。
起こっている出来事や体験することをゆるす、ということをできずに
それらに抵抗して、居場所をなくしたり、責めたりするのが
わたしにとってのかつての強い習慣だったのを
少しずつ今は手放してもいいんだな、と切り替えている段階です。
このことは、細かい筋肉の収縮ともかかわっているので
だんだん過度なコントロールを手放していくほどに
じつはバランスや本当の手ごたえは戻ってきてくれたりして
そこのところのせめぎあいが起こるとき
意識と身体で丁々発止の葛藤が起こって面白いのだと思います。
(アレクサンダーのいう、決定的瞬間というのはこのことかと・・・)
今起こっていることをゆるすこと
本当に深くじぶんに根を下ろすこと
このふたつは同じなのかもしれないなと思うと
「安堵」というのはそんなとき起こるのかもしれない
とハッとさせられています。
本当に必要なことが起こってくるために大切なのは
そんなところと、それをすなおに信頼することなのだなと感じています。
うまくことばにできないままに
今日は書いてアップしてみます。
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2011年12月4日日曜日
じぶんへのおくりもの
すっかり寒くなって、しばらく安静の時間を過ごしていました。
寒くなってくると、体が冷えたり、太陽に当たることが少なくなったりして
気持ちが冷え込んじゃったり、暗くなりがちになってしまうのだけれど
そういう状態とどうやってつきあっていけるのかなぁと
どうやらしばらく観察する時間になっていたようです。
天体(星のめぐり)の影響なのか、天候の影響なのか
しばらくお天気が荒れ模様のあいだ、わたしも荒れ模様でした。
体調も気分も重くて、不安定で、バランスをくずしまくり。
そうやって、そのとき苦しくて仕方ない時期を経て、あとになると
苦しいってどういうことかわかるための時間だったか
なんて色々気がついたりして、ほほうとなるのですね。。
苦しいとき、苦しいのを否定しちゃったりするし
自分やできごと、周りのひとや環境を否定しちゃったりする。
そこから始まり荒れはじめて、自暴自棄になっちゃって
すなおになんてとてもなれなくて、まわりに当たっちゃったり
思うようにコミュニケーションできなかったり。
そういうときって、身も心も冷え冷えとして
小さく縮こまって固まっちゃっていたりすることが多くて。
だからこそ、お風呂にゆっくり入って温まったり
温かい大好きな飲み物をゆっくり好きな場所で飲んでみたり
体を温めるといわれている食べ物を食べたり
心が温まる音楽や好きなものに触れてひたってみたり
足をやさしくマッサージしてぽかぽかにしてあげたり。
そうやってやっているうちに、ちょっとゆるんできて
あ、ちょっとちがう考え方や見方をしてみようかな
って気が向いてきて、だんだん持ち直してきたりする。
それまで、自分の好きなことを自分のペースでやることを
自分にそっとゆるしてあげていてもいいのかな、と思っています。
いつも自分が自分にたくさんの荷物を背負わせてしまっているほど
疲れていたり、体力気力が消耗しているかもしれない。
そんなときは、誰かのケアなんてできないときはできなくていいんだ
って自分にゆるしてあげるって大事なのかもしれません。
(わたしだけのはなしかもしれませんが・・・。)
そうやって、ちょっとずつ回復してきて、気が向いてきたら
新しい小さな遊びをほんの少しずつためしてみる。
わたしが今日やってみたのは、小さなうれしいことをかぞえてみる。
たとえば、今日は晴れて洗濯できた、とか
お通じがあった(笑)とか、ベランダにいちごがなった、とか。
それと、これから、できたらわくわくするだろうなと思うことを
いつ実現できるかどうかとか、ほんとにできるかとか抜きにして
ただいっこずつあげて、散らかしながら並べてみるとか。
それから、これまでにできてうれしかったことをあげてみたり
その写真をならべてみたり、どこかにアップして人にみてもらったり。
そういうことをこつこつしてると、案外こまかいポイントがたまって
わぁ、こんなにわたし元気にいい調子になってる~
なんていう風に居られているかもしれません。
(今日のわたしがまさにそう・・・。)
なんだかそうやって過ごしてみていると
自分が自分と居心地いい所からなにごともはじめること
その土台をじっくりつくってあげるプロセスを自分にゆるすこと
それ自体が、自分へのおくりものなのかな、と思い浮かびました。
みんなそれぞれにぴんとくること、しっくりくること
そのときのテーマやタイミングなどちがうので
参考にする必要はまったくないと思うのだけれど
もしだれかの役に立つところがあれば
それはそれで、なんだかわたしのなかにも小さな明かりがともるようで
ありがたいことだなぁと感じます。
だれかのために、というよりは
今日そのことに気がついた自分へのメモとして
なんとなく書いておきたかったのでした。
ほっておくと、自分のあらさがしをして自分を責める過去の習慣に
ただ、そうしなくてもいいんだよ、ちがう寄り添い方もできるよ
って知らせてあげたくて。
シェアをうけとってくださった、みなさまにありがとうございました。
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(ただ今、休業中です↑)
寒くなってくると、体が冷えたり、太陽に当たることが少なくなったりして
気持ちが冷え込んじゃったり、暗くなりがちになってしまうのだけれど
そういう状態とどうやってつきあっていけるのかなぁと
どうやらしばらく観察する時間になっていたようです。
天体(星のめぐり)の影響なのか、天候の影響なのか
しばらくお天気が荒れ模様のあいだ、わたしも荒れ模様でした。
体調も気分も重くて、不安定で、バランスをくずしまくり。
そうやって、そのとき苦しくて仕方ない時期を経て、あとになると
苦しいってどういうことかわかるための時間だったか
なんて色々気がついたりして、ほほうとなるのですね。。
苦しいとき、苦しいのを否定しちゃったりするし
自分やできごと、周りのひとや環境を否定しちゃったりする。
そこから始まり荒れはじめて、自暴自棄になっちゃって
すなおになんてとてもなれなくて、まわりに当たっちゃったり
思うようにコミュニケーションできなかったり。
そういうときって、身も心も冷え冷えとして
小さく縮こまって固まっちゃっていたりすることが多くて。
だからこそ、お風呂にゆっくり入って温まったり
温かい大好きな飲み物をゆっくり好きな場所で飲んでみたり
体を温めるといわれている食べ物を食べたり
心が温まる音楽や好きなものに触れてひたってみたり
足をやさしくマッサージしてぽかぽかにしてあげたり。
そうやってやっているうちに、ちょっとゆるんできて
あ、ちょっとちがう考え方や見方をしてみようかな
って気が向いてきて、だんだん持ち直してきたりする。
それまで、自分の好きなことを自分のペースでやることを
自分にそっとゆるしてあげていてもいいのかな、と思っています。
いつも自分が自分にたくさんの荷物を背負わせてしまっているほど
疲れていたり、体力気力が消耗しているかもしれない。
そんなときは、誰かのケアなんてできないときはできなくていいんだ
って自分にゆるしてあげるって大事なのかもしれません。
(わたしだけのはなしかもしれませんが・・・。)
そうやって、ちょっとずつ回復してきて、気が向いてきたら
新しい小さな遊びをほんの少しずつためしてみる。
わたしが今日やってみたのは、小さなうれしいことをかぞえてみる。
たとえば、今日は晴れて洗濯できた、とか
お通じがあった(笑)とか、ベランダにいちごがなった、とか。
それと、これから、できたらわくわくするだろうなと思うことを
いつ実現できるかどうかとか、ほんとにできるかとか抜きにして
ただいっこずつあげて、散らかしながら並べてみるとか。
それから、これまでにできてうれしかったことをあげてみたり
その写真をならべてみたり、どこかにアップして人にみてもらったり。
そういうことをこつこつしてると、案外こまかいポイントがたまって
わぁ、こんなにわたし元気にいい調子になってる~
なんていう風に居られているかもしれません。
(今日のわたしがまさにそう・・・。)
なんだかそうやって過ごしてみていると
自分が自分と居心地いい所からなにごともはじめること
その土台をじっくりつくってあげるプロセスを自分にゆるすこと
それ自体が、自分へのおくりものなのかな、と思い浮かびました。
みんなそれぞれにぴんとくること、しっくりくること
そのときのテーマやタイミングなどちがうので
参考にする必要はまったくないと思うのだけれど
もしだれかの役に立つところがあれば
それはそれで、なんだかわたしのなかにも小さな明かりがともるようで
ありがたいことだなぁと感じます。
だれかのために、というよりは
今日そのことに気がついた自分へのメモとして
なんとなく書いておきたかったのでした。
ほっておくと、自分のあらさがしをして自分を責める過去の習慣に
ただ、そうしなくてもいいんだよ、ちがう寄り添い方もできるよ
って知らせてあげたくて。
シェアをうけとってくださった、みなさまにありがとうございました。
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2011年11月25日金曜日
ありがとうの日
いろんな人に助けてもらっていて、ありがたいこのごろ。
なかなか素直に受け取れないこともあったりして
ごめんなさいと思ってしまうことも、まだまだあったりするけど
それも含めて経験させてもらえたことに感謝。。
素直に甘える
お願いする
信頼する
感謝する
その循環ができてきたときに、初めて
まわりと調和して、流れはじめて
自分がほっとゆるむのかもしれないなぁって思った。
今まですなおになれなかったこと、ごめんなさい。
そうして、今あらためて、ありがとう。
そういえば、今日は新月で
アメリカはサンクスギビングだ。
(にほんでいったら、昨日ってことだけど・・・。)
ありがとう、って言える相手がいること
ありがとう、って思える自分でいられること
どちらにも感謝の本日です。。
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